東京高等裁判所 平成4年(ネ)2279号 判決 1993年11月12日
控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
学校法人松蔭学園
右代表者理事
松浦ヒデ子
右訴訟代理人弁護士
山西克彦
岩井國立
被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)
甲野春子
右訴訟代理人弁護士
田原俊雄
加藤文也
斉藤豊
亀井時子
大森典子
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人は、被控訴人に対し、六〇〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和六一年一〇月五日から、内金一〇〇万円に対する平成二年四月一三日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
四 この判決第二項1は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一控訴人
(控訴)
1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(附帯控訴)
4 本件附帯控訴を棄却する。
5 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
二被控訴人
(控訴)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
(附帯控訴)
3 原判決を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人に対し、一〇〇〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和六一年一〇月五日から、内金五〇〇万円に対する平成二年四月一三日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
5 仮執行の宣言
第二事案の概要及び証拠
一本件の事案の概要は、以下に付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由欄第二事案の概要のとおりである。
原判決三頁九行目の「五年余」を「七年近く」に、同四六頁九行目の「一一月」を「一〇月」にそれぞれ改め、同六九頁八行目の末尾に「なお、控訴人は、平成四年六月以降、被控訴人に対し、その自宅研修及び学園における勤務等一切の勤務を免除し、勤務時間内であっても自由に行動して構わない旨の指示をした。」を加える。
二証拠関係<省略>
第三争点に対する判断
一当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する仕事外しに始まる本件一連の措置は違法であり、不法行為を構成するものと判断する。その理由は、以下に付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由欄第三争点に対する判断一ないし四の説示のとおりである。
1 原判決七五頁六行目の「第六号証、第八号証」を「第九号証」に改め、同七行目の「第一〇一号証、第一〇二号証、」を削除する。
2 同七九頁三行目の「一一月三〇日と一二月二日」を「一一月三〇日の二時間と一二月二日の三時間」に改め、同行の「そのうち」の後に「前者については二時間、後者については一時間合計」を加え、同九行目の「手伝っていた」を「手伝っており、現実には、一一月三〇日については木野教諭が被控訴人にこれを割り当て、一二月二日については被控訴人自らが割り当てた。」に改め、同一〇行目以下八六頁一一行目までの全文を削除する。
3 同九二頁一一行目から九三頁一行目の「三学期が終了した後に」を「新年度の授業計画に備えて、新たに書き直したり、薄くなって見にくくなった部分の上書きをしたりして、すべてその配列替えをするため、三学期が終了し、新年度が始まる直前に」に改め、同九四頁六行目の「柳澤史子の陳述書(乙第一〇号証)、」を削除し、同九六頁二行目の「部分があるが、」の後に「この点は、溝口の直接の供述によって裏づけられているわけではないし、」を加え、同八行目の末尾に「さらに、証人松浦正晃は、被控訴人は、二月一四日、一五日の日にも、また、一六日の朝に校長から呼ばれた際にも、一四日に作業を行った旨の報告をしておらず、この点に照らしても、被控訴人は命ぜられた作業を行っていなかった旨供述している。たしかに、被控訴人がこの報告をしなかったことは自ら認めているところであり、その理由については必ずしも明らかでないが、<書証番号略>、証人本田ひろみの証言によれば、当日、同人外一名がボードの取り外しの作業を手伝っていることが認められ、わざわざボードを外しながら、何もしないで元に戻したとは考え難いところであり、報告をしなかったことをもって作業を行っていなかったと認めることはできない。なお、報告を欠いたことにより控訴人の疑いを深めることになったといえなくもないが、後記のとおり、控訴人が被控訴人の行動を疑い、ボードの件につきこれを重大視するのならば、同月一五日、あるいは一六日の朝に作業を行ったか否かにつき確認を求めれば足りたところ、これを全く行っておらず、報告をしなかったこと自体をとがめることは相当でないと考えられる。」を加える。
4 同九八頁八行目の「右陳述書」から次行の「問題がある他、」を削除する。
5 同一一四頁九行目から一〇行目の「これに応ずる旨返答したが」を「これに応ずることにしたが」に改め、同一一五頁三行目の末尾に「なお、被控訴人の授業方法あるいは授業態度については、これまで、生徒、父兄等から具体的に苦情あるいは不満等が寄せられたことはなかった。」を、同一一六頁四行目の「破損」の前に「ひび割れ程度の」をそれぞれ加える。
6 同一一七頁七行目から一二〇頁八行目までの説示について、以下のとおり敷衍する。
「(1) まず、控訴人が被控訴人が学園の教師としての適格性に欠けると主張する事実のうち、一連の経緯の発端となった補講の割当に関してみると、昭和五三年一二月二日の二時間分の補講につき、被控訴人が当時授業を受け持っていなかったのに他の教師に割り当てたことは前記認定のとおりであり、右割当について事前に補教係の責任者である主任の中村教諭に報告し、その承認をもらわなかったことは、たしかである。しかし、当時は、被控訴人が産休を終えて復職して間もないころであり、右二時間分のうちの一時間分については被控訴人は保健室で養護教諭としての仕事を行っており、また、この割当が相当でなかったのであれば、補教係の責任者である右中村教諭において事前に修正の指示を行えばよかったことなどを考えると、右の点を重大視することは相当ではない。そして、学園の副校長である証人松浦正晃は、当審において、学園としてはこのこと自体を仕事外しの措置をとる原因として考えたことはなかった旨供述しており、これによれば、補講の割当の問題は仕事外しの動機、原因となるような事柄ではないと認めるのが相当である。
(2) 次に、ボードの書き直しについてみると、前記認定のとおり、ボードが若干薄くなっていたことは事実であるが、ボードの書き直しは学年度末にいずれ行う必要があり、それまでの短期間待てない程ではなく、直ちに行わなければならない程の緊急の必要性は認め難い状況にあったこと、また、当初の校長の指示があいまいで、もし全部を書き直すのであれば到底指示のように一日ではできかねるところから、被控訴人としては溝口主事に相談をしたものであって、この点について被控訴人に特に責められるべき原因は存せず、かえって、校長の指示が時期的にあるいは内容的に適切であったか否かにつき疑問を差し挾む余地があるといわざるを得ないところである。被控訴人としては、二月一四日に一部作業を行ったことにつき速やかに報告をしなかったという点があったにせよ、同月一八日には薄くなった部分の書き直しをすべて完了し、その日に校長に報告をしているのであって、全体として見て被控訴人にはあえて業務命令にさからったと評すべきところはなかったというべきである。したがって、ボードの書き直しについても、被控訴人には仕事外しにつながるような責任はない。
そして、前記認定事実に照らせば、控訴人のこのときの事実認識の誤りとその前後における校長の感情的ともいえる言動が一連の経緯の発端となり、控訴人はますます態度を硬化させていったものと解されるのであって、その責任の大部分は控訴人に存するというべきである。
(3) さらに、被控訴人の勤務態度が不良であると控訴人が主張するその他の事実につき、これが仕事外しの正当な理由となるのか否かについて検討する。
まず、生徒の不祥事につき被控訴人が始末書を提出しなかった点についてであるが、<書証番号略>、証人矢口由起子の証言によれば、控訴人の学園においては、この種の不祥事につき担任の教師が始末書を提出しなかったこともあったことが認められ、必ずしも担任の教師が始末書を提出することが慣行化していたとまでは認め難いところであり、被控訴人の供述及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人が始末書を提出しなかったのは、ボードの書き直しの件で執拗にその提出を求められ、これを拒否してきた経緯から、これを躊躇したものと推察されるのであって、ある程度まで無理からぬことであったということができ、このことを重大視するのは相当でない。
次に、原判決一〇七頁(3)ないし一〇九頁(5)で認定されている被控訴人の言動については、素直さに欠け反抗的と受け取られる態度が見られるものの、この原因は、ボードの書き直しの件に端を発し、学園側が相当感情的で執拗な言動及び対応をしたことにあり、被控訴人の態度はこれに反発したことによるものと窺われ、やむを得ない一面があるとともに、これらのこと自体は仕事上で起こることがあり得る行き違い程度のものであって、全体からみれば軽微な事柄であったということができる。テープレコーダーの借り出しあるいは返還についての手続違反の問題、ガラスの破損の報告が遅れた問題も些細な手続違反であって、その都度、口頭で注意すれば足りる程度のものであったと認めるのが相当である。
(4) 最後に、控訴人は、被控訴人が生徒の感想文の提出を約束しながら、控訴人に何らの断りもなく、これを怠り、業務命令を無視したことは教師としての適格性を欠くものであるとし、これを仕事外しの大きな理由としているので、この点について判断する。
たしかに、控訴人との関係が著しく険悪化している中で、控訴人からの要求により被控訴人が感想文の提出に応じることにしながら、控訴人側に対して何ら断ることなく、そのまま放置したことについては、非難されても仕方がない一面がある。しかし、それまでの経過からみると、この感想文の提出の命令は、始末書の提出に応じなかったための代償のようなところもあり、かつ、それまで被控訴人の授業態度等につき生徒、父兄等から苦情等が寄せられたことはなかったのに、被控訴人の良いところと悪いところの双方を共に書かせるようにとの指示であって、控訴人側が被控訴人に対してますます露骨な嫌悪感を示すようになりつつあった経緯にかんがみ、控訴人に何らかの特別の意図があるのではないかと被控訴人が疑ったことについてはもっともなところがあり、また、このような学園側と教師との間の問題の処理のために、生徒を巻き込んだ形で感想文を書かせることは教育の現場を預かる者として適切でないと被控訴人が判断したことも理解できないことではなく、感想文を書かせなかったこと自体につき被控訴人には強く責められるべき点はないといわざるを得ない。そして、このような局面で控訴人が被控訴人本人に対して直接右のような内容の生徒の感想文の提出を要求することがいささか当てつけがましく、被控訴人への嫌がらせともなりかねないことを斟酌して考えると、被控訴人が控訴人にはっきりと断らなかった点についても、被控訴人の態度を責めることは相当でない。」
7 同一一九頁二行目の「ある考えた」を「あると考えた」に改める。
8 同一三〇頁一〇行目の「乙第一六号証、」の後に「第二〇号証、第二四号証、」を加え、同一三一頁四行目の「懲戒解雇」を「通常解雇」に改め、同一三二頁九行目の「原告は、」から一一行目の「とっさに」までを「被控訴人は、西村の様子を心配しながら見ていたが、これを援護するため、」に改め、同一三三頁五行目の末尾に「そして、被控訴人は、この騒ぎが収まった直後に、岩本に対し、暴力を振るったとの発言を撤回する旨述べ、同人もこれを了解して、この問題は一応決着がついた。」を、同九行目の「口論する」の前に「数分の間」を、同一〇行目の末尾に「なお、控訴人は、ビラが生徒に配られ、生徒がこれに抗議し、泣きわめいている旨の電話連絡があったので、教育上の配慮から教師を現場に派遣した旨主張し、<書証番号略>、証人松浦正晃の証言には、これにそう部分があるが、これらのうち、この通報は学園の教師である福本教諭の妻からであったとしている点については、<書証番号略>の福本の陳述書にはその旨の記載が全くないばかりでなく、通報された事実が存したのか否か、あるいはその原因、程度等の状況が一切不明であり、<書証番号略>の被控訴人の供述部分に照らしても、このような事態が発生したと認めるに足りないといわざるを得ないところである。」を、同一三四頁三行目の「認められるが、」の後に「右の事実はいわば些細な口論で終わったといえるのであって、」をそれぞれ加える。
9 同一三六頁九行目の末尾に「なお、証人松浦正晃の当審における証言によれば、控訴人は、平成四年六月以降、被控訴人の自宅研修及び勤務を一切免除し、勤務時間内であっても、その行動を自由にしても構わないとの指示をしていることが認められるが、他方、被控訴人を現場に復帰させるための弁明の機会、調査等は一切行われておらず、控訴人としては、今後においても、被控訴人を復帰させることも解雇することも考えておらず、このままの状態で留めておく意思であることが認められ、これらの事実に照らせば、右違法性が解消あるいは軽減されるものではないことはいうまでもない。」を加える。
二控訴人の責任及び被控訴人の損害
以上の認定事実によって判断すれば、控訴人が被控訴人に対し、仕事外し、職員室内隔離、第三職員室隔離、自宅研修という過酷な処遇を行い、さらに、賃金等の差別をしてきた原因については、被控訴人が二度にわたって産休をとったこと及びその後の態度が気にくわないという多分に感情的な校長の嫌悪感に端を発し、その後些細なことについての行き違いから、控訴人側が感情に走った言動に出て、執拗とも思える程始末書の提出を被控訴人に要求し続け、これに被控訴人が応じなかったため依怙地になったことにあると認められるのであって、その経過において、被控訴人のとった態度にも反省すべき点がなかったわけではないが、この点を考慮しても、控訴人の行った言動あるいは業務命令等を正当づける理由とはならず、その行為は、業務命令権の濫用として違法、無効であることは明らかであって、控訴人の責任は極めて重大である。
そして、被控訴人に対する控訴人の措置は、見せしめ的ともいえるほどに次々にエスカレートし、一三年間の長きにわたって被控訴人の職務を一切奪ったうえ、その間に職場復帰のための機会等も与えずに放置し、しかも、今後も職場復帰も解雇も全く考えておらず、このままの状態で退職を待つという態度に終始しているのであって、見方によっては懲戒解雇以上に過酷な処遇といわざるを得ない。
そして、このような控訴人の行為により、被控訴人は、長年、何らの仕事も与えられずに、職員室内で一日中机の前に座っていることを強制されたり、他の教職員からも隔絶されてきたばかりでなく、自宅研修の名目で職場からも完全に排除され、かつ、賃金も昭和五四年度のまま据え置かれ、一時金は一切支給されず、物心両面にわたって重大な不利益を受けてきたものであり、被控訴人の被った精神的苦痛は誠に甚大であると認められる。
右の各違法行為は、控訴人の設置する学園の校長又は副校長によって行われたものであるから、控訴人は、民法七〇九条、七一五条、七一〇条に基づき、その不法行為によって被控訴人が被った損害を賠償すべき義務があるところ、被控訴人の精神的苦痛を慰謝すべき賠償額は、本件一連の措置を一体の不法行為として全体的に評価・算定すべきであり、前記のとおりの控訴人の責任の重大さにかんがみると金六〇〇万円をもって相当とする。
なお、右慰謝料の算定に当たり、被控訴人が組合の活動あるいは組合関係の裁判等の準備活動を制約されたことによる不利益を斟酌しないことは、原判決説示のとおりである。
三以上の次第で、被控訴人の本件請求は右に認定の限度で正当であるので、控訴人の本件控訴を棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決を変更することとし(なお、遅延損害金の起算日については、被控訴人の請求による。)、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官山崎潮 裁判官杉山正士)